メ ッ セ ー ジ



皆さんが住む町や村の動物や植物になってメッセージを送って下さい ]

皆さんが住む町や村の自然の生き物達の代わりになってこの動植物慰霊碑を建てる活動に対してのメッセージを送って下さい。
メッセージでも、詩でも、短いお話でも、どんな形でも構いません。
自分がもし原爆で死んでいった動物や植物だったらどんな気持ちだったのだろうか。
又、そんな生き物達の仲間ならどんな風に思い続けているのだろうか。
長い旅の始まりは、皆さんがそんな生き物たちの気持ちになる事から始めたいと思います。

1999年8月6日
緒方俊平
おがたしゅんぺい



私の回りの人々からのメッセージをいくつかご紹介します。

Date: Fri, 10 Mar 2000 17:31:36 +0900

こんにちは 小山と申します。緒方さんのご意見ごもっともです。私もそう 思っていました。馬や猫や犬などは物が言えないのだから、もっと大事に人が思わな くてはいけないのに、命に差はないと思います。テレビで時に軍馬の碑はあると聞い たことがあります。そのとき広島で生きていたすべての命の碑ができると良いです ね。

 

Date: Thu, 16 Mar 2000 14:18:44 +0900

緒方先生へ ご無沙汰しております。大変お世話になった深井です。 HPを拝見いたしました。 大変いいことだと考えます。私も平和公園の入口で商売をさせてもらっています。 父が本通りへ進出したのは、戦後すぐの昭和21年ですし、店名は動物大好きから CATSです。WWFにもわずかですが寄付をしています。 応援させていただきますのでご用命ください。 以上、深井でした。

 

Date: Sun, 7 May 2000 21:10:57 +0900

はじめまして 緒方様 沼尻と申します。 ホームページを拝見しました。 うちにも2匹の猫がいるのですが、広島の話とっても感動しました。 「原爆の詩」を読んでいて思わず涙が出てしまいました。 誰でも気づきそうなことに今までどうして、気づかないまま過ごしてきたんだろうと 自分自身の意識を思い返しているところです。 実は、私は某メーリングリストに入会しています。 内容はcat-clubという名前のとおり、猫を愛する人たちの歓談の場と 思っていただければ良いと思いますが、そこに緒方様のHPのアドレスを 載せてもよろしいでしょうか? cat-clubのアドレスは下記です。 http://www2s.biglobe.ne.jp/~cat-club/ 少しでも多くの人たちに緒方様の主旨を知らせたいな。と思うのですが・・・。 ご連絡お待ちしています。

 

Date: Sat, 30 Oct 1999 21:13:19 +0900

人の心の豊かさは、私たち(人間以外の生あるもの)を、いかに育むかです。  昔は、自然という中で,人も、私たちも共生していたのです。  しかし、豊かさを"心”から"物"に変えて、自然さえも征服出来ると言った、思い 上がった社会を作ってしまった。そして、相互不信を生み、破壊の時代へと進んで行 きました。  私たちの存在など何の価値もないように消し去ろうとしています。  心豊かな人は、私たちの存在に、心を癒し、自然との調和がいかに、大切かを知 る。そして、人の命も、私たちの命も、この世で同等のものと感じます。  私たちは、人の心の荒廃と共に滅び、豊かさと共に栄えます。それが自然の調和。 私たちの存在は、人の心の豊かさを示す尺度なのです。

 

Date: Tue, 7 Mar 2000 20:42:08 +0900

新聞を読んで、サイトを開かせてもらいました。 私は、神戸に住む三毛猫です。 戦争で死んでいった、そして、今も戦争に利用される動物たちのことは、ずっと気にかけていました。 緒方さんたちのような行動力のある方々がいて心強いです。

 

Date: Mon, 26 Jun 2000 17:16:48 +0900

広島市立***小学校の児童会担当です。 こんど7月に私たちの学校で平和集会があります。 そこで、「夾竹桃物語」を児童会の子どもが朗読をしようと考えています。 この平和集会の後、全校の児童で動物や植物の気持ちになってメッセージを かく活動を考えています。 そこでお尋ねしたいのですが、そのメッセージは絵で表現してもいいのかどうかと いうことと、そのメッセージをできればそちらへ送りたいので送り先などを教えてい ただければと思います。 お忙しいとは思いますがよろしくお願い致します。


広島市東区「牛田のカエルさん」

たんぼに住んでいたカエルです。
近所に住んでいる少年は、私の鳴き声を聞いては捕まえにきます。
学校に持って行って、友達に悪戯をするために私を捕まえにくるのです。私はすばしっこいので捕まったことはありません。
いつもその足音から身をかわしていました。
でも“あの日”私も少年も死んでしまいました。
少年は私の仲間のカエルを捕まえても、学校帰りには元の田んぼに返してくれていました。そのカエルも死んでしまいました。
私は平和公園で眠っているあの少年を懐かしく思っています。

牛田の田んぼのカエルより


広島市南区「宇品のカラスさん」

私は“あの日”空を飛んでいた。死んでしまった瞬間をどうも思い出せない。まだ、宇品沖をゆく船を空から眺めている。鳴いているのに声が出ない。

宇品の彷徨いカラスより


広島市南区「元安川のホタルさん」

何だったんだろう、あの瞬間は。
僕達が何万匹集まっても適わないあの光の一瞬。
もう少し清い流れの川で遊んでいたかったのに、あまりにも短い一生。今もかわらず、あの川は清く、仲間は遊び輝いているのだろうか。

元安川のホタルより


広島市安佐南区「三滝のアブラゼミさん」

私は美しき山のセミ。夏に鳴く。でも、もう鳴けない。
私の仲間が、今もこの三滝で鳴いてくれている。
平和公園の仲間は、僕の事を知らないというだろうか。
1945年8月6日の時から私の声は空に届かない。桜の樹が懐かしい。

三滝のアブラゼミより

 

これからみなさんのメッセージをご紹介していきたいと思います。
メッセージをお待ちしております。